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転売 せどり モノの価値

5000円で売っていたニンテンドースイッチ

のほうが前回の記事タイトルは、ある見方によっては良かったのだろうな、きっと。

 

 

本来ITの普及で流通がシンプルになるはずだった。
個人がネットでモノを簡単に売買できるようになって、転売の問題も大きくなったのは皮肉だ。
 
例えばAmazonで定価で売られてものを転売屋が買い、同じAmazonで利ざやを乗せて売っていたら、利ざやが転売屋の懐にいくだけで、消費者にはメリットがない。
 
一般消費者は本当に面白くないだろう。
Amazonのレビューに書きなぐりたくなる気持ちもわからなくもない。
 
ちなみにダフ屋行為についてはチケットをスマホで利用して買った本人しか使えないシステムを導入し効果をあげているようだ。
 
もっともIT普及前からファンクラブからでしか良い席が買えないようにする、という方法で解決しているケースもある。
 
これはファンにもアーティストにもメリットがある。
本当のファンには確実にチケットが届き、アーティストも直売だから利益率が違う。 
 
米国のロックバンド、グレイトフルデッドがこの方法でずっとチケット販売しているんだけど、ニンジャが入る隙もない信頼関係でファン同士とアーティストが結ばれていて、ちょっといい話だった※。
 
転売といえば”せどり”という言葉が一般的になっていて驚いた。
ついこのあいだも、とくにwebに詳しくもない習い事の先生から”せどり”って言葉がでたり、大型書店に本が並んでいるのをみた。
 
せどり”という言葉を調べてみると、”安くみつけた古本を高く売り利ざやを取る商売”という意味だそうだ。
前にブックオフのセールに、バーコードリーダー片手にテキパキと古本を掘っていた女性をみかけたが、今思えばまさに”せどり”の人だったんだなアレは。
 
カジュアルな服装でキャップを被って一見クールな感じな人だったけど、あの日はかなりの割引セールだったから、頭の中はアドレナリンぐわーって感じだったのかもしれない。 
 
そういえば中古レコード・CDを漁りにいくのは楽しかった。
ジャズの強い店でパンクやグランジの貴重盤を破格で見つけたこともあれば、持ち合わせがなくて、ずっと探していたレコードを知人に目の前で買われて悔しい思いをしたこともあった。あった。懐かしいなぁ。
 
その当時(まだインターネットが発達していない時代)、友人たちはまさに”せどり”をやっていた。
毎日のように中古レコード屋に行く彼らの頭の中には査定額のデータベースが構築されていた。
地方に行くときはレコードマップ片手に店をまわり、そのうちに米国へ買い付けに行くようになって、それが本業になった男もいた。
 
音楽が本当に大好きな男で、二束三文で仕入れたレコードに他人からみたら法外な価格をつけていた。
”このレコードには それぐらいの価値があるのだ”
そう力説していた。
 
なんだかんだいって、誰でも若干の手数料負担だけでモノを簡単に売買できる世の中になったはウェルカムだ。
 
まだまだ世の中こなれていないところがあるから、情報商材に騙されたり、スイッチの転売屋みたいなことはあるかもしれないけど、人間の知恵やテクノロジーでマシになっていくんだろう。
 
普通にに安く仕入れて高く効率良く儲けても良い、商品に好き勝手な値段をつけてもいい(実際売れるかわからないけど)。 
 
頑固でニンジャ的な生活力をもっていた、ちょっと奇妙な友人を思い出しながら、需給のことも考えずブログを書いた。
 
彼が元気で暮らしていることを心から祈る。どろん。
 
グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ

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